あなたの専門はなんですか?スポーツ経営学です!

日々の学び、疑問をつれづれなるままにつづります。

22_ブログを開設して1年、今の思いを綴ります。

祝1周年*

なんと、このブログを開設したあの日から

もう一年も経つのかと、時の流れをまじまじと感じている今日この頃の俺だぁぁ(EXIT、2019)

 

さて、自分の書きたい時に書くスタイルで続けてきた本ブログではございますが(後半はめっきりペースダウン)、今日で開設1周年を迎えることができました。これもひとえに読者諸賢のお陰様でございます。今後とも、何卒よろしゅうおたのもうします。

 

本日はせっかくの機会ですので、またまた備忘録的にいま思っていることを書き連ねたいと思います(ちょっと堅い言葉遣いに疲れたので以下、脱力します)。

 

結論から言うと、高校の教員を目指すことにしました。

とはいえ、そう思い至ったのがちょうど今年度の教採の一次が始まる7月ごろだったので、まあなんとか高校球児のようにヘッドスライディングでもしてやる気を見せれば受験できるかなとかも考えましたが、服が汚れるのが嫌だったので、来年度に受験することにしました。

 

なぜ、今、教員なのか。

理由:曖昧な自分の問題意識を明確にしたかったから。

中学生の頃から漠然と日本の教育を変えなければならないと思い、一時期は教員を目指していました。高校卒業時に大学教員になって教員養成に携わろうと思い、大学院進学を決めました。大学院に進学し、研究を進めていく過程で、自分は何に問題意識を持っているのかがわからなくなりました。中学生の頃感じた「生徒視点からの問題」だけではなく、「教員視点からの問題」が明らかに欠けていました。これは、教員という立場に身を置き、実際に生の教育に携わらないことには、明確になるものではありません。

 

教員になったとして、問題意識が明確になったとして、じゃあその問題を解決するためにどのような手段を講じるかはわかりません。

教員をそのまま続けるのか、はたまた行政マンになるのか、研究者を再び志すのか、Youtuberになるのか。未来は予測できません。

 

打倒、教員採用試験!

 というわけで、来年度、教員採用試験を受けます。

いや、これまでに何回も受けるチャンスあったやん笑笑

って思う人も多いんではなかろうか。

確かに、大学4年、M1、M2、M3、計4回か〜笑

まあその分、身の回りには経験者も合格者も多くいるということでもありますので、みなさんぜひ試験対策にご協力くださいませ。

 

P.S.

来年度は非常勤講師等で食いつなぐ予定なので、何かいいお話があればご一報ください。

21_スポーツ実施率が低調なのは体育科教員のせい?

ご無沙汰しておりました!

 

このテーマはこのタイミングに書くしかないという自身の思いを受けて、久々の更新です。水曜ですがお許し。

 

ちょっと過激なタイトルにしてしまった気もしていますが、まあそういうことですので以下、おつきあいくださいませ。

 

日本のスポーツ実施率の現状

2017年に出された第2期スポーツ基本計画では

ライフステージに応じたスポーツ活動の推進とその環境整備を行う。その結果として,成人のスポーツ実施率を週1回以上が65%程度(障害者は40%程度),週3回以上が30%程度(障害者は20%程度)となることを目指す。 

という政策目標が掲げられています。

 

これを達成します!と言って、スポーツ庁は国の予算をもらっている訳ですから、なんとか数値目標に近づくようにと躍起になっている現状です。

 

その状況が如実に表れているのが調査票です。

www.mext.go.jp

気になる人はのぞいてみてください。

 

とにかく僕には

「ウォーキングをスポーツと認識させて、回答率を高くしよう」という意図が垣間見えて仕方がありません。

 

結果的に、2018年の週1回以上のスポーツ実施率は55.3%となっており、着実に増加の一途をたどっています。

しかし、その内実を見てみると、最も実施されている種目はウォーキング(62.1%)で最も実施されている場所は道路(49.2%)となっています。

 

ウォーキングだって立派な運動じゃないか!

ウォーキングをスポーツと捉えるのはどこか違和感がありますが、せやかて、ウォーキングかて立派な運動やんけぼけ!とおっしゃる方もいるかもしれまへん。

 

以前、体育科の目標は「生涯スポーツ実践者の育成」であるという記事を書きました。

 

humanitynaoki.hatenablog.com

 

ウォーキングをしている人が生涯スポーツ実践者であると捉えられるならば、系統立ててたくさんのスポーツ種目を授業で扱う体育の存在意義ってなんなのでしょう。

ウォーキングなんて授業で扱わないですよね。体育って必要ないのでしょうか。

 

投票率、社会科教育の充実を

2015年4月22日の朝日新聞にあるオピニオンが掲載されました。

(声)低投票率、社会科教育の充実を 神奈川県54歳 高校教員

「戦後最低の投票率」という報道に接するたびに、社会科教師のひとりとして残念でならない。戦後に民主主義の担い手を育成するために誕生した「社会科」は、一体何をやってきたのだろうか。各選挙の投票率を見ると「社会科教育の敗北」と言っても過言ではないように感じられる。

1890年に初めて日本で国会が開かれた。衆議院議員を選ぶことができたのは、一定額以上の税金を納める男性だけだった。1925年には普通選挙法が制定され、納税額に関係なく選挙権が得られるようになった。しかし、女性に選挙権はなかった。選挙権獲得のために血や汗を流してきた人たちが、現在の投票率の低さを見たらどう思うだろう。

選挙権を無駄にしている人、これから選挙権を得られる人は、選挙権獲得までの歴史を学び直したらどうだろうか。

選挙権が18歳以上に引き下げられる。若年齢ほど投票率が低いという事態を招かないためにも、社会科教育は選挙の大切さをしっかりと教えるべきだろう。教える内容をさらに工夫して充実させ、児童や生徒に社会への興味と関心を持たせたい。 (下線筆者)

 

まさに今のスポーツ実施の現状は「体育科教育の敗北」なのではないでしょうか。

行政方と同じ視点で「スポーツ実施率上がってる♪わーいわーい♪」なんて言うてんと、いや、ウォーキング実施者ばっか増やしてどないすんねん!いや、わしらそんな授業しかしてきいひんかったんかい!くらい自省する必要があるんじゃないかと思うわけですね。

 

僕自身も体育・スポーツに関わる人間として、自分が専門とするところに責任を持たないといけないなーと思う今日この頃です。

 

P.S.

今回の参院選で恥ずかしながら初めてマニフェストを読み込んで選挙に臨みました。

ああ大人になったなあと実感しました。めでたしめでたし。

 

 

20_僕は一体何を研究しているのか

前回記事のコメント〜おくだの意見を添えて〜

以前の記事にコメントをいただきましたので

久々の人気コーナー復活です。

記事はこちら

humanitynaoki.hatenablog.com

 

んま さんー

言ってることはわかる。 最後の大会が終わってもすぽーつしたらてえやん! たしかーに。 がしかし、何か引っかかる、引退がない部活動に。 と、ひっかかりまくってから、考え、一旦忘れ、再び思い出し、再び考え、結論はもやっとふやっと。 老若男女スポーツができる環境は常にどこでもいつでもあってほしいし、あるべき。 でもやっぱり部活動には引退は必要なんじゃないかな〜〜〜 それぞれの人生において、引退という名の区切りはとても重要なことじゃないかなって思うんだよな。 人生のスポーツ活動に引退は不要。 ん、そんな感じだけどよくわからん。

 

おくだの意見ー 

コメントありがとうございます。僕自身は引退「させられる」ことに対して問題意識を持っています。区切りは確かに必要かとは思いますが、その区切りはできるだけ自分自身で設定したものであってほしいと思っています。「人生のスポーツ活動に引退は不要」これについては僕の研究の問題関心にも近いものなので本文の方で触れようかと思います。

 

過去記事を読んでもらえて

コメントまでいただけるのは嬉しいことこの上ないです。

さらに、「よくわからん」という反応は

まさにブロガー冥利に尽きる思いであります。

みなさんが、もっとわからなくなるように

わかりやすい内容の記述を心がけますね(深いこと言ってる風)

 

君は何をされてる方なの?(Mr.シャチホコ、2019)

僕の専門はスポーツ経営学だと

つらつら書き連ねてきましたが

じゃあお前は一体何を研究しとんねんと

多くの方が疑問に思っていたことと思います。

僕もその一人です(現在形)

 

暫定的に今、僕が何を研究しているのかということを

できるだけ簡単に説明していこうと思います。

 

社会科学としてのスポーツ経営学

 一般的に科学は大きく3つに分かれます。

(科学論の詳細な説明は今の僕がやることではないしできない)

・自然科学(自然現象を主な対象とした学問)

・人文科学(人間の精神や文化を主な対象とした学問)

・社会科学(人間集団や社会のあり方を主な対象とした学問)

 

スポーツ経営学は社会科学の一つであるので

基本的には人間集団や社会のあり方を主な対象としています。

 

社会科学の場合

理想と現実のギャップを問題にして

そのギャップを埋めるにはどうすればいいか

ということを研究します。

 

つまり

理想は◯◯◯◯なのに

現実は◯◯◯◯だ(良くない状態)

という問題認識の仕方をします。

 

ただし

「◯◯すればいい!」という風に

問題の解決策を簡単に提示できません。

 

なぜそれが理想なのか

本当に現実はそうなのか

などなど

解決策の提示に至るまでに

明らかにしなければならないことが

山ほどあるからです。

 

とりあえず前置きとして

社会科学の複雑さ、めんどくささを

理解してもらえれば本望です。

 

僕の問題認識

僕の大きな問題認識は

生涯にわたって

人々がスポーツに親しむような社会であることが理想

なのに

そうなっていないことです。

 

この辺の論拠を提示すると

ブログに似つかわしくないほど

長くなる気がするので

興味のある方はいつか投稿する論文を読んでください。笑 

 

とりわけ、このままでは

問題が大きすぎるので

僕が修論で何をしようとしているのかを

簡単に書こうと思います。

 

大学院生はどのようにスポーツライフを形成するのか

中学校から高校

高校から大学というように

ライフステージが変わるにつれて

スポーツから離れる人が増えていくといわれています。 

 

しかしながら

ライフステージが変わっても

何らかの形でスポーツを継続して実践したり

新しくスポーツを始めたりする人がいることも事実です。

 

そこで僕は

大学から大学院というライフステージに移行しても

スポーツを継続的に実践できている人から色々聞き出して

できてない人がどうすればいいか

に関わるヒントを得ようと考えたわけです。

 

というわけで

大学院生のスポーツサークルをつくってみたり

何やかんや色々しております。

 

今後の研究成果に乞うご期待ください。

 

19_大学院生のスポーツサークルをつくります

大学院生のスポーツサークルをつくります。

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大学院生の、大学院生による大学院生のためのスポーツサークルです。

 

なぜ作るのか

 理由1:大学院生が気軽にスポーツできる環境って意外とないなーってのを2年間で痛感したから。

特に僕のように外部から来た大学院生は

知り合いもほとんどおらず

顔を出せる部活もサークルもないため

なかなかスポーツできずにいました。

つくばは外部からくる大学院生が多いこともあり

そんな人たちがスポーツできる場をつくろうということです。

 

理由2:自分でスポーツの環境を整えるという経験を積める場をつくりたかったから。

これまで部活動とか地域のクラブでばっかり

スポーツをしてきた自分にとって

スポーツは与えられるものみたいな感覚がありました。

それは結構多くの人が感じていることじゃないでしょうか。

学校を出たら自分が求めなければ

スポーツをする機会はやってきません。

(まだ出てないので想像の域を出ませんが)

そのための準備の場です。

 

理由3:大学院生の交流の場を増やしたかったから。

大学院生ともなると専門性が求められるため

どうしても研究室単位での活動が多くなります。

もちろんそうやって専門性を高めるのは大事ですが

他の大学院生がどのような立場で何を考え何を研究しているのか。

これを知ることは専門性を高めることと

同じくらい大事だと考えています。

 

とりあえずこれくらいにしておきます。

また思い立ったら書こうと思います。

 

サークルの活動報告もしていけたらと思いま〜す

 

気になる方は

 

grad.sports.tsukuba@gmail.com

 

まで連絡くださ〜い。

 

 

18_書きたくないときは書かない

 

どうもご無沙汰しております。

 

約1ヶ月半ぶりの更新です。

前回の更新からそんなに経つんかと

時の流れを身に染みて感じている今日この頃です。

 

さてさて、新元号、発表されましたね。

「令和」

発表されて数時間で聞き慣れるはずもなく

平成生まれの僕にとっては違和感しかありません。

あと1ヶ月で平成も終わりかぁ…

 

いま、京都にいます。

つかの間の帰省です。

京都駅についたときにあることを思いつきました。

京都タワー今日撮ったわー」

f:id:humanitynaoki:20190401230410j:image

 

ちなみに、今日はスポーツの話はしません。

 

ブログの方針にひとつ追加事項を。

 

「書きたくないときは書かない」

 

あーブログ書かなー

ってなってしまってる自分がいました。

書きたくなるまで待った結果

1ヶ月半かかりました。

 

ブログはあくまで趣味であって

義務でも課題でもないので

自分のペースで書きたい時に書きたい内容を人目を憚らずに書いていきたいと思います。

(基本的には月曜更新のつもりです)

 

というわけで今年度も

本ブログを宜しくお願い申し奉ります。

 

 

17_作曲家と作スポーツ家

一週間、何も言わずにお休みして

申し訳ありませんでした。

理由は聞かないでください。

 

 

本業に精を出していたからです

すぐゆう(ダイアン津田、2018)。

 

今週は久々に

音楽文化とスポーツ文化を

対比してみたいと思います。

 

 

おさらい 

私の専門である

体育・スポーツ経営学

「人々の豊かなスポーツ生活の実現」と

「スポーツ文化の創造的発展」を

理念とする学問である

ということは以前にもお伝えした通りです。

 【参考記事】

humanitynaoki.hatenablog.com

 

 

今回は「スポーツ文化の創造的発展」

について考えようと思います。

 

スポーツ文化の創造的発展とは

 創造的とは

それまでにはなかった新しいものを作り出していく力があるさま。

大辞林 第三版

となっています。

 

スポーツ経営学の理念を

「スポーツ文化の創造的発展」とした

清水(1997)においても

「創造」という言葉は

「作り生み出すこと=生産」に近い意味合いで

使用されています。

 

すなわち

「スポーツ文化の創造的発展」とは

「スポーツがどんどん作り出されていくこと」

くらいに捉えておいてください。

 

音楽文化さんよりコメント

みなさんお待ちかね

「音楽文化」さんの登場です。

 

それではここで

「音楽文化」さんよりコメントをいただきましょう。

 

僕:「音楽文化」さん、いつも比較対象として

  出演していただいてほんとありがとうございます。

音:よくってよ。

 

僕:またまたまたまたコメントをもらいたいのですが

  よろしいでしょうか?

音:よくってよ。

 

僕:今、僕は「よくってよ」という文字の

  ゲシュタルト崩壊と戦いながら

  ブログを書いているのですが

  どう思いますか?

音:よくってよ。

 

僕:スポーツ経営学では

  スポーツ文化の創造的発展といっていますが

  「音楽文化」さんからみたスポーツ文化って

  創造的に発展してると思いますか?

音:Nein. Ich denke Sportkultur ist sehr konservativ.

  Im Vergleich dazu ist die Musikkultur sehr innovativ...

 

おっとすみません。

「音楽文化」さんは

オーストリア出身で

ドイツ語しか話せないのでした。

ただ日本語のリスニング能力はバケモンです。

最近覚えた日本語は

「よくってよ」だったみたいです。

 

Google翻訳さんにお手伝いいただいて

コメントを続けてもらいたいと思います。

 

音:音楽文化はすごくイノベーティブよ。

  だって、音楽文化って作曲家がいるでしょ?

  最近の若いアーティストなんてみんな

  自分で曲作ってるじゃない。

  どんどん新しい音楽がこうしてる今も

  生み出されてるのよ。ああなんて創造的

 

  それに比べてスポーツ文化はすごく保守的だと思うわ。

  新しいスポーツなんてそう生み出されないでしょ?

  ニュースポーツ?あれ何年前からあるのよ。

  いつまでニューのつもり?

  第一、作スポーツ家なんて職業ないでしょ?

 

 

つづかない……

 

【参考】

ダイアン津田のギャグ

清水紀宏(1997)スポーツ経営学における基本価値の検討.体育・スポーツ経営学研究13(1):1-15

16_勝利志向の反対は楽しみ志向?

前回記事のコメント〜おくだの意見を添えて〜

きち さんー

確かにブラック部活動という言葉があてはまるケースもあるだろうけど、学校職員=ブラック、部活動=ブラック、みたいな構図やイメージがメディアによって植え付けられすぎているような感覚は日々覚えます。体育や部活動の教員、顧問に限らず、教育のやりがいみたいなものが必ず日々あるはずで、、、あまりにメディアに洗脳されているのではないかと思うことはあります。

 

おくだの意見ー

あたかも一般論として取り上げられ、教職に就く人がどんどん減っている気がします。僕の出身大学の某専攻も現時点での今年の出願人数がゼロでした……

 

 

reCaptCHA さんー

僕はジャンプよりもサンデーが好きです。マガジンもいいなあ...

 

おくだの意見ー

humanitynaoki.hatenablog.com

こちらを再度ご参照ください。笑

 

      以下、本文。

 

部活動の話でよく

勝利志向と楽しみ志向が

対比されますが

 

勝利の反対は楽しみなんでしょうか

 

勝利志向の人は楽しくないのでしょうか

 

楽しみ志向の人は勝利を目指さないのでしょうか

 

「勝利」の反対は「敗北」

「楽しい」の反対は「楽しくない」

じゃないでしょうか

 

でも競争がスポーツの本質であるならば

「勝利」志向はあっても

「敗北」志向はないでしょう

 

「楽しさ」がスポーツの価値であるならば

「楽しさ」志向があっても

「楽しくなさ」志向はないでしょう

 

それぞれの過度の追求は

ときに問題を引き起こしますが

 

「勝利」志向と「楽しみ」志向を

対比させるのは

そろそろやめにしませんか?

 

15_部活動は本当にブラックなのか

前回記事のコメント〜おくだの意見を添えて〜

KUE 三上 さんー

部活動から引退したことがないのですが、大事な視点だと思いました。 そもそも部活動というと、運動に親しむためにやるような場ではなく、勝利を求めるものであり、真剣にやらなければ顧問や仲間から怒られる場であると思います。そのような場でスポーツを続けることには、それなりのエネルギーがいります。だから、受験を機に部活動から引退するというのは、至極当然なことだと思います。 しかし、それは確かにスポーツ権を奪っていることになるのかもしれません。誰が、というわけではないですが。 何が問題なのかと考えれば、部活動は「頑張る場所」という前提があり、その他に定期的に運動やスポーツを「楽しむ場所」が、学校の中にはないことじゃないでしょうか。 勝つためだけではなく、単純に楽しむ場としての、大学でいうところの「サークル」のようなものがあればよいかも。でも、このブログ上での「引退」の定義は、「部の活動に参加しなくなること」なので、根本的な解決にはなりませんね。 部で活動をし続けるためには、部が多様な選手のニーズやスポーツとの関わり方を認める必要がありますが、それができる学校がどれだけあるでしょうか。 解決策はありますが、学校や教員、部活動を頑張ることに与えられすぎている価値が変容していかないことには難しい課題だと思いました。

 

おくだの意見ー

 

コメントありがとうございます。確かに「引退」は集団スポーツに顕著に見られるものですね。

部活動のあり方については根本的な認識を変える必要があると思います。「部活動は頑張らなあかんもの」というのは、誰かが決めたわけでもなく、本来強制されるものでもないはず。でもそうなってしまっている(のはもしかしたら一部だけなのかもしれませんが)現状は少なからずあります。

そんな中でも生徒の多様なニーズに応えようと「総合運動部」のような形で実際に実践されている先生もいます。

必ずしも不可能ではないはずなのに、それを妨げているのは誰、何なのでしょうか。

 

     以下、本文。

 

部活動にはやっぱりみんな興味があるのか

閲覧数が多かったですね。笑

 

なので今日も部活動をテーマにします。笑

 

ブラック部活動

 

 今や部活動は

「ブラック部活動」

揶揄されるまでに問題視されています。

 

内田良先生が

この「ブラック部活動」という言葉を使い始め、

部活動といえばブラックという

イメージが形成されている人も多いのではと思います。

 

事実、OECDの「国際教員指導時間調査」では

日本の教員はダントツトップで

課外活動(部活動とは書かれていない)に

費やす時間が多いと報告されています。

 

(世の流れに反して)教員は働きすぎだ!と

課外活動の時間が長すぎだ!という二つの主張が相俟って

教員の働きすぎは部活動のせいだ!となっています。

 

そこに「ブラック部活動」という

使い勝手の良い言葉が入ってきたもんですから

ここぞとばかりに「ブラック部活動」が

バーっと広まり浸透したのかと思います。

 

部活動はブラックなのか

本当に部活動が

教員の多忙化の原因なのでしょうか。

 

もちろん部活動を手間に

感じている教員も多いでしょうし

現場からその声が揚がっているのも

事実としてあります。

 

しかし一方で

部活動が生きがいだ

みたいな教員もいます。

 

果たして誰にとって

部活動の何がブラックなのか

 

教員の多忙化の根本の原因は

部活動にあるのか

 

そのへんをしっかり考えないと

ただただ部活動が悪者扱いされて

日本固有のスポーツシステムが

破滅してしまうかもしれません。

 

みなさんどう思いますか。